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2012年8月7日火曜日

不思議な「パワー」はあるのか

「目に見えない不思議なパワーって本当にあるんですか?」
よく患者さんに質問されます。

代替医療には、「目に見えない力」を提示しているものがあります。
○○スピリチュアル、△△パワー、◇◇波動、…などなど。

目に見えないものを「ある」と言っているわけですから、
なんだか怪しい!と思う方もいらっしゃるでしょう。
しかし、不思議なパワーが「絶対にない」と証明することもできません。
現代科学では分析できないエネルギーがそこにはあるのかもしれません。

しかし今までにいわゆる「パワー」の存在が物理的に証明された事はありません。
少なくとも科学的な検証下では、髪の毛一本すら持ち上げたことはないのです。
これからもパワーが目に見える形で証明されることはおそらくないでしょう

いずれにせよ「ある」と認識している人たちは、パワーを感覚で認識しています。

一つはっきりしていることは、「不思議な力」の存在が信じられている文化圏において、
「不思議な力」は単なる幻想ではないということです。






「笑いと治癒力」 (ノーマン・カズンズ 岩波書店)
に出てくるアフリカの呪術師は事実として村人を治している。







実際に自分を治してくれる(自分の治す力を引き出してくれる)
やり方が「目に見えないパワー」である人に、
科学的でないから信じるのをやめろと言うのは、合理性を欠いています。
「そういう力を信じたい」、という文化や社会があるのは事実であり、
そのパワーを「実感」している人がいるのですから。

この「実感」というもの自体は存在するのですから、
少なくともその人の意識の中にだけは「パワーと呼べるもの」は存在するのです。
それは科学的に説明するならば「脳のパワー」ということかもしれません。

「パワーを使います」という宣言は、それ自体が
相手の思考や感情にバイアスを与えます。
本当にパワーが存在する、しないに関わらず、
神秘的な期待感の中で、「パワーが送られている」、「何だか体があたたかい」と感じれば、
安心感、幸福感、リラックスといった影響が現れ、
それが症状の改善につながる可能性はあります。

「パワーなど絶対に信じない」
という否定的な感情を持って、体をこわばらせていたのならば、
何の変化もないかもしれません。

いずれにせよ結果として元気になることがあるのならば、
それを一方的に間違いだとすることはできません。

しかし、「パワー」はその神秘性ゆえに諸刃の剣になることもあります。
もしもパワーを絶対的なものとして受け入れてしまった場合、
良くならない時に待っているのは、深い絶望かもしれませんし、
良くなった時でも依存してしまう可能性があります。

「パワーでよくなる」というやり方が、他の治療よりも優先すべきものなのか、
費用対効果も含めて、その人の人生にとって適切な手段であるのかどうか。
様々な側面から考えなければ、有益とはいえないものになるかもしれません。

「笑いと治癒力」に出てくるアフリカの呪術師は、自分が治せる者、病院に行くべき者
をきちんと理解して振り分けていました。呪術のパワーが実際にあるかないか以前に、
その呪術の「適用範囲」を知り、どのように役立てるかという視点を持っています。

まあ、もしも私が仮に「パワー」を持っていて、それで治せるとしたら、
そのことを宣言せずに黙って使うでしょうね。

誰に対して、どのように用いるべきなのか。

これは他の代替医療でもそうですし、
また通常医療においても念頭に置くべき大切な事だと思います。

2012年6月8日金曜日

「マインドコントロールの恐怖」に隠される問題

「マインドコントロールはもう解けたのか」
「この時期の逮捕は都合の悪いことを隠そうとする
何者かによる国民へのマインドコントロール」
と喧しい今日この頃ですが、

本日の記事は、少し前にマスコミが

『女性芸能人が占い師と同居し、外界との関係を絶って、
TVにも出演しなくなり、家賃を滞納したり大変な事になっていたが、
家族が救出して一件落着!』

としきりに報じていたほうのお話が中心。
そして『マインドコントロールの恐怖』と。

この言葉は新興宗教や、わけのわからない治療法などで、
何らかの被害が起きて事件に発展した時に良く出てくるフレーズです。

マインドコントロールという言葉は直訳すれば「心理操作」ですが、
こういう場面で使われるマインドコントロールは、
「他者により、拒絶するのが困難な状況下で、
ある思想や考え方に誘導されてしまうこと」と定義されるようです。

うーん…、そうなると落語家の前座、見習いは
日々マインドコントロールを受けていることになりますな…

では「一般常識から逸脱し、社会の中で様々な問題を引き起こしやすい、
特殊な思想や考え方に誘導されてしまう事」と付け加えましょう。

これにも当てはまる落語家さん随分いますよ、という話は置いといて…

マインドコントールされている状況は確かに恐ろしいと言えますが、
本当に、マインドコントロールそのものや
「マインドコントロールする人間」が諸悪の根源なのでしょうか。

なぜその人がマインドコントロールされるところまで到ってしまったのか、
という視点で考えなければ、問題の本質は見えて来ないような気がします。

悩みや苦しみが自分だけで解決できない時、
人は誰かの助けを必要とすることがあります。
その「誰か」はまず親であり、兄弟、友人、
あるいはソーシャルメディアの知り合いかもしれません。
(それらの人が悩みの種である場合を除いてですが…)

必要な「助け」は、必ずしも具体的な「助け舟」ではないかもしれません。
いろんな話をしたり、一緒に過ごす中で、「苦しみ」が解消されることもあります。

しかし、たとえ友人や親が冷たい人間でなかったとしても、
その人の生きる希望につながる存在になれないことだってある。そんなとき、
「この人たちと一緒では解決できない(幸せになれない)」
と感じてしまう人もいるはずです。そうなると孤独感は深まります。

親にも友人にも自分にも解決できない「苦しみ」を抱えて、
赤の他人である占い師の前に立つ人の心はどのような状態でしょうか。

また、「誰にも解決できないものを抱えています、助けてください。」
というような人間を前にして、占い師はどのような感情に支配されるでしょうか。

占い師が「つらい思いをしている人を救いたい」
という動機でその職を選んだのであれば、実際に助けてあげられるかは別にして、
目の前の人に感情移入して、優しい言葉、
慰めの言葉、あるいは厳しい言葉をかけるのではないでしょうか。

その言葉が占い師の本心から出た(と感じられる)ものであれば
「この人は真剣に私のことを考えてくれている」と
占い師との間に信頼関係が生まれることもあります。

その関係の中で、今までになかった安堵感、納得感が得られれば、
「私を救ってくれるのはこの人だけ」となって「依存」する事もあるでしょう。
解決できない問題を抱え、どうしていいかわからない状態で、
導いてくれる(コントロールしてくれる)存在を探していたのですから…。

そうなると、今まで自分を導いてくれなかった、
もう既に占い師よりも信頼度の低くなってしまった、親や友人といった
周りの人が占い師を非難するようなことを言えば、
その人に対しては敵意を抱くかもしれません。

ここで依存させている側が、きちんと立ち直らせ、
自立していけるように導くことを念頭に置いていれば、
新聞沙汰になったりはしないでしょう。
まあそんな占い師なら、そもそも依存なんてさせない。
売れっ子占い師は、依存がどういうリスクを孕んでいるのかよく知っているはずです。

善意や同情心を持って一緒になって真剣に考えたとしても、
その人がキチンと生きていく道筋をつける能力が無ければ、
「人柄は良くても無能な指揮官」を妄信して付き従う兵と同じく、
待っているのは全滅(共倒れ)というひどい結末です。

昔の人はこういうことを「かけた情けが仇となる」って言ったもんです。

まあこれが悪党ならば、依存させたまま、人を支配する全能感に酔ったり、
財産をとことん毟り取るんでしょうが、
悪意の無いほうがタチが悪い場合だってある。

「この人のためにやっている」という意識が、
依存させている側の存在意義や正当性を保つ、
大義名分になっていることもあるからです。
こうした場合、起きている間違いがどんなにひどくても、依存関係にある双方共が、
完全に破綻するまで間違いに気が付かなかったり、見て見ぬ振りをしてしまいます。

こういったことは、一般的な人間関係でも起こりうることです。
私のような施術を生業にしている人間は、患者さんとの関係性において、
特に気を付けなくてはなりません。

そして、たとえ依存関係から開放されたとしても、
「占い師に頼るしかない状態に追い詰められた環境」
に戻るだけだとしたら…

「ひどいめにあったけど、マインドコントロールがとけてよかったね」
と部外者はそれでもいいのでしょうが、少なくとも近くにいる人は、
「大事な人が占い師にすべてを委ねることになった」
その意味をもう少し丁寧に考える必要があると思います。

2012年2月2日木曜日

「骨盤ダイエット」はいつから?(解析編)

今回は最終回です。「骨盤ダイエット」が流行る背景について考えます。
前回までの記事はコチラ→(黎明編)(成長~成熟編)

「骨盤ダイエット」がブームになっている理由。

それはまず基本の概念として、近年の健康志向にピタリとはまる、
「健康的に痩せる」というアドバルーンを上げたからです。
そして、
「やっぱりお腹いっぱい食べたい」  → 「食べても太らない体質に」
「時間がない」「運動は大変」     → 「一日5分でOK」「〇〇をするだけ」
という、
現代人の誰にとっても、大変ありがたい効果を謳っているということ。

さらに健康志向が強い人には、「からだ想い」「病気知らず」「メンテナンス」
若く美しくなりたい人には、「アンチエイジング」「艶BODY」「美腰」「小顔」
ライフスタイル全般が気になる人には、「女子力アップ」「ストレスに強くなる」

世代や価値観の違う人達に対して、
組みあわせキーワードでチューニングすることにより、
多くの人に支持されているのではないのでしょうか。

私は無数にある「骨盤〇〇法」自体が効果のないものだと言うつもりはありません。
それをキチンと行って元気になっている人もたくさんいると思います。

ただそれを推し進めている人達が、「どういう言葉を使っているのか」
をきちんと見極めることで、その人達の「了見」はわかるのではないのでしょうか。
そこを理解した上で、振り回されずに上手に活用することが大事だと思います。

「1日5分でOK」に飛びつく人は、往々にして、その「1日5分」すら続けられず、
しばらくするとまた違う「1日5分」「〇〇するだけ」に飛びつくことになりかねない。
そういう人の心を見透かして、マーケティングは行われているかもしれません。

そして本が売れるところへ出版業界も「選択と集中」をしています。
そこに「本づくりの良心」が果たしてあるのかどうか。

いずれにせよ2012年もこの潮流に変わりはないと思います。

それにしても、このことを真剣に話したら、本一冊分くらいのボリュームにはなりますね。
原稿を書いても出版社から総スカンをくらうかもしれないですけど。
もしこのネタで本が出せれば、私も晴れて「骨盤商売」の仲間入りですな。

2012年1月31日火曜日

「骨盤ダイエット」はいつから?(成長~成熟編)

「骨盤」の扱われ方をamazon検索で追って分析をしていきます。
今回は「成長~成熟編」です。(前回の黎明編は→コチラ)

20世紀の全期間で出版された「骨盤」と「痩せる」を組み合わせた本は
わずかに6冊でした。「腰痛」などを扱った健康関連本も23冊。
2001年はダイエット関係は0冊、健康関連本は2冊と風前の灯。

ところが2002年「骨盤ダイエット」と銘打った本が何冊か出版されます。
3年間ほどコンスタントに10冊程度の本が出ますが、
2005年には3冊と下火に…、なったかと思いきや、

2006年、突如として「骨盤ダイエット」本が大量に出現します。
なぜ増えたのかはわかりませんが、その数は23冊と今までの中で最高。
そして、2007年28冊、2008年64冊、2009年87冊と右肩上がりの急成長。

健康関連本は2008年13冊から2009年59冊と急激に増えています。
これは2008年ごろから流行り始めた「骨盤」という注目ワードに
乗っかる本が急増したからでしょう。
スポーツ関連、出産関連が特に伸びています。

それにしても数が多ければ、やっちまった感が漂うタイトルも出てくるわけでして…。
年代別に、「骨盤」と組み合わせて使われたキーワードと一緒に見てみましょう。

2008年

『YOGA整体―一人で簡単ゆがみ改善!

ユガンデルタール人からユガミネーゼへ、美の進化』

「ユガミネーゼ様ごきげんよう」とか言ってたんでしょうかね。全くもってアリエネーゼ。

この年に「骨盤」とセットにして使われたキーワードは「くびれ」「骨盤ネジしめ」。
また「主婦世代のカリスマモデル」みたいな人が著者となった本が増えています。

2009年

『1分間 骨盤リンパダイエット 「銀座」が認める、最新メソッド!』 

そりゃもう「銀座」が認めるなら間違いない!

『八代亜紀のゆるーい3カ月骨盤ダイエット―二の腕・ウエストに効く雨降れウォーク』

「雨降れウォーク」って……誰か止められなかったんですか。

この年ぐらいから流行した他の健康関係の言葉がセットになって、付加価値も上昇。
「リセット」「毒出し」「デトックス」などなど

2010年

『最後の骨盤 女力は骨盤で決まる 』(講談社プラスアルファ新書)

最後の骨盤があるなら、最初の骨盤はあるのか?

「一日30秒」「骨盤で免疫力アップ」「骨盤で幸せをつかむ」等々、
ニーズに合わせたキーワードの組み込みも定着してきました。
この年辺りから「骨盤枕」という言葉もあらわれます。

2011年は受けを狙ったタイトル(本人は真剣なんでしょうが)は見当たりませんでした。
業界が精度の高いマーケティング戦略を行えるようになったからでしょうか。

この年は過去最高の93冊が出版されており、組み合わせキーワードは
「お腹が凹む!」「-10歳アンチエイジング」「スピリチュアル」「断捨離」
など定番ぽいものから、時代に合わせたものまでチョイスにぬかりはありません。

それにしても「ダイエット」自体はずっとブームですが、
なぜ「骨盤ダイエット」がこれほどまでに、
もてはやされるようになったのでしょうか。
これはどうもキーワードの組み合わせがうまいだけではないようです。

続きは次回「解析編」の講釈にて。

2012年1月30日月曜日

「骨盤ダイエット」はいつから?(黎明編)

先日妻と「骨盤」の話をしていたら、
「昔は骨盤がズレたら大変だ、と思い込んでいたけど、
いつ頃からそんな一般常識や、骨盤ダイエットという言葉ができたの?」
と質問をされまして。うーん確かにいつからだろうか。

現在「骨盤」という言葉は日常的にTV番組や雑誌などで取り上げられ、
腰痛、ダイエット、体質改善、と様々な効果と絡めて使われています。

本来「骨盤」は医学用語であり、骨格のある部位を指す言葉で、
寛骨、仙骨、尾骨といわれる骨が強固に結合した、
複数の骨の集合体のことです。(わかりにくいと思った人は→こちら)

で、実際に「骨盤がズレる」ということはありません。
あるいは表現として間違っている、というのが事実です。
このことはまた違う機会に詳しく解説します。

一体「骨盤」という言葉への認識がいつから変わっていったのか。
検証方法として正しいかはちょっと疑問ですが、
amazonの書籍検索を使い、「骨盤」というキーワードで調べてみました。

全期間で調べると、総件数は969件でした。
これを年代別に調べてみました。

amazonで検索できる最も古いものは、1957年に出版された
『日本産婦人科全書〈第14巻 第1〉骨盤・腹膜及結合織疾患』
これは医学専門書で、この後も解剖学などの医学書のみが検索にかかります。
健康関連の一般書が出てくるのは1979年に出版されたこちらから。

『体は骨盤から治せ―土台から正す、誰にもできる』五味雅吉 (Hakko-books)

私が整体業界に入ったときに、有名人だったこの方は27件も検索にかかります。
婦人病や腰痛にとどまらず、色んな本を出しており
中高年の疲れや老化を改善するものやら、
果ては子供の視力回復の本まで出しているという…。まあ…スゴイですね。

ダイエット関係の本が出てくるのはもう少し後のことになります。
それが1988年の6月に出版されたこの本。

『こんなにヤセていいかしら―不思議な面白減量法 1回30秒だけで1日1キロ落ちる』

川津祐介 (プレイブックス) 











けれん味たっぷりのタイトルですが帯の一言がまたスゴイ。
- ぜったいにやり過ぎないで下さい -
昔は「本当に効くなら薬と一緒で、制御しないと危ない」と考える人が、
書籍を購入する人に多かったということですね。そのほうが信用できると。

俳優として有名だった川津祐介さんが書いたこの本はベストセラーとなり、
その中で紹介されている「骨盤体操」は大流行。
どうやら「骨盤」と「ダイエット」がセットになる土台は、この本によって作られたようです。

これ以外は80年代90年代「骨盤」というフレーズを使っている書籍は
「腰痛」や「婦人病」関連のものがほとんどで、その数も多くはなく、
ブームになったようなものも見当たりません。

私が整体修行を始めた1996年ごろには、
「骨盤のズレで体調がおかしく」という言葉を使っている人は結構いました。
骨盤とダイエットは先の本でセットになったものの、
「骨盤がおかしくなると、体が大変なことになる」というような
考え方がどこから来たのかどうもはっきりしない。

この20年、30年の間に何かのブームで変わったのではなく、
意外ともっと以前から日本人の共通認識として受け継がれていたのかもしれません。

そして「骨盤ダイエット」という言葉が市民権を得るのは、まだまだ先のことでございまして。

続きは次回「成長~成熟編」の講釈にて。

2012年1月21日土曜日

ダイエットについて(骨盤枕)

昨日はTV番組で「骨盤枕」なるダイエット法が紹介されたようで、
結構話題になっているようですね。

ところで日本人女性は「痩せている人も痩せたい願望がある」ということをご存知でしょうか。

『女子大学生の体型と痩せ願望』(→リンク)という論文によれば、
240人を痩せ、普通、肥満に分類したところ、そのうちわけは、
痩せ群40人、普通群184人、肥満群16人。
痩せ群40人のうち、13人(32.5%)
普通群184人のうち、170人(92.4%)が痩せたいと思っています。
しかし健康を考えた時に「痩せる」ということは、全ての人にとって良い事なのでしょうか。
痩せてしまった事でなんらかの健康障害が出るかもしれません。

昨日の番組は見ていないので、ネットで調べてみると

「普通の枕ではなくまず専用の枕を作ります。バスタオル2枚を重ねくるくる巻いて、ビニールひもでしばって円筒状の枕を作れば完成!これを一日5分腰の下に敷くだけです。骨盤の歪みがとれて、代謝がよくなり太りにくい体質になります。」

という実に簡単なもの。すぐに浮かぶ疑問はこちら。
「バスタオルの硬さや厚みによっては、全く違うものができるけどよいのか」
「そもそもみんな身長や体型が違うのにそれに合わせなくていいのか」
「腰といっても範囲は広いが、『腰の下』と言った場合、
人によって枕が当たる位置が違ってくるが厳密にやらなくていいのか」

人によって、やっていることそのものに違いが出る場合、再現性は低くなります。
厳密にやらなくても同じ効果があらわれることはありますが、
これはひょっとすると「スタイリー(古い!)やぶらさがり健康器で痩せる」的なものかも。

体を反らせることで、一瞬ウェスト周りがすっきり、計ってみてびっくり、
それがモチベーションになって、ダイエットに精がでる。
というタイプのものなのかもしれません。

まあ他にも科学的な見方をすれば、つっこみどころは満載ですが、
ここはあえて「骨盤枕で本当に痩せる!」という前提で話をしたいと思います。

ダイエット記事などでよく挙げられる痩せる方法は、
「食事制限」「運動によるエネルギー消費」「代謝をよくする」です。
この中で言葉が独り歩きして眉唾ものなのが「代謝をよくする」。
基礎代謝を上げて、食べても太らない体質に!なんてよくやってますが、
ここでは「骨盤枕」が効能として謳っている通りに、
代謝がよくなり、痩せて太らない体質になったとします。

「代謝がよくなって、食べても太らない」、やったあ万々歳!

ちょっと待ってください。
「食べても太らない」、それは本当に理想的な状態といえるのでしょうか。
以前と比べて体の調子はどうなのでしょうか。
そもそも以前の状態が本当に「代謝がよくない」状態だったのでしょうか。
「代謝が良くなった」のではなくて、体の働きが狂って、
「栄養をキチンと吸収して、体内にとどめる事ができない状態」になったのかもしれません。

「食べても太らない(太れない)」、あるいは「痩せる」ということが、人にとって
本当に正しい健康状態なのかという見地が完全に抜け落ちています。

私は今までに「食べられない」あるいは「食べても太れない」方が、
体調不良で苦しんでいるのを随分と見てきています。
周囲の人からかけられる、
「少食でいいね!」とか「太らないからうらやましい」
という言葉に傷つく人も少なくありません。
本人は苦しんでいるわけですから…。

つまるところ、不特定多数の人に対して「これで痩せる!」と
オススメするってことは、
たとえ事実でも、「後は野となれ、山となれ」ということです。
病気になろうが知ったことじゃあない。

もちろん、健康面も含めて痩せた方がよい人に対して
キチンと指導を行っているのなら話は別です。

「食べても太らない体になりたい」という考え方は裏を返せば、
「食欲は抑えられないが、きれいな外見になりたい」ということ。
そういう人の心を見透かして、「これで痩せる!」なんてやって
業績を上げている会社もあるかもしれませんよ。

本当はそんな自分の心を見つめ直すところから始めなきゃあいけないんですが…。
まあ困ったもんです。
関連記事 : 「骨盤ダイエットはいつから」(黎明編)(成長~成熟編)(解析編)

2011年12月1日木曜日

ピンピンコロリと日本人

今日は健康のお話。

みなさんPPKってご存知ですか?ワルサーPPK(007の拳銃)じゃありませんよ。

ピンピンコロリの略だそうでして。

「毎日ピンピンしていて、ある日突然コロリといく。」
日本人が望む死に方のナンバー1ということで
只今多くの方々に支持されている考え方です。

ピンコロ地蔵なるものもあるそうで、全国から参拝客が引きもきらない状態だとか。

なるほど、ピンピンコロリといけば
「病気で苦しみたくない」
「介護で家族に迷惑をかけたくない」
という日本人が恐れる、この2つの事態を避けられます。

しかしピンピンコロリは本当に「幸せ」なのでしょうか。

ヨーロッパではガンで死に至ることを厭わない人が多いと聞いたことがあります。
それは「家族との別れの時間を大切に過ごしたい」からなのだといいます。
そのような死の受け入れ方ができる文化の中では、
ピンピンコロリは忌み嫌うべきものなのかもしれません。

そもそも「ピンピンコロリ」という願望は、果たせる保証はありません。
今は病気もなく、元気で有難い。でもどうなるかはわからなくて不安。
「ピンピンコロリになるといいな」と、ピンコロ地蔵に参拝して、安心する。

果たしてそんな人が死に至る病を受け入れることができるでしょうか。
日本人は3人に1人はガンでなくなります。ガンの多くはコロリとはいきません。
お医者さんもPPK運動を推進するのも結構ですが、
PPKじゃないときに、どのように病気を、死を受け入れるのか、
少なくとも医者は冷静な心で、それを考えないといけないのではないのでしょうか。

最近日本でも「ピンピンコロリはお別れができない」という意見があるせいか、
「ピンピンしてて倒れて、一週間でみんなにお別れして、ニコッとコロリ」がいいね、
なんてことを立派な先生は仰っているようです。


…そんなにうまくいくわけねえじゃねえか!
おっと失礼。
でもこれは願望をただ述べてるだけです。

「日本人は死を受け入れられないから、ガンを告知しない」
としていた90年代以前から何も変わっていないのかもしれません。

実際に「安心」を求めている日本人が多い。
どのみち日本人は死にまつわるシビアな現実を受け入れられない。
だからその時が来るまでの間だけでも、せめてストレスを与えないために、
「とにかく安心させること」は現実に即した、正しい医者の振る舞いである。
というのがお医者さんの本音かもしれません。

けれども本当にこのままでいいのでしょうか。

死を共に受け入れてくれる家族もいない、「死」が個人の恐怖でしかない社会、
最期がそんな孤独で苦しいものになってしまうような社会。
そんな中で、望んだところでどうにもならないピンピンコロリを夢見るという、
現実逃避で安心することは正しいことなのでしょうか

今の「安心」のために、そういうことにきちんと向き合うのを避けていては、
100年経っても何も変わっていないかもしれません。

2011年11月22日火曜日

「ためしてガッテン」への医療、代替医療の反応を考える

先週のためしてガッテン「驚異の回復!腰の痛み」をご覧になった方は多いようで、
患者さんも随分と話題にしていらっしゃいました。

さすが平均視聴率17%以上の番組です。
0.1%以下の日もある「きょうの健康」とは影響力が違います。

「先生が前から言ってきた事が、ついにテレビでやりましたね」

と言われても、これまでの被害を思うと、なんとも重たい気分です。

前回の記事で、間違えた理由を検証もしないで…、という話をしましたが、
番組に出られた先生方を批判するつもりはありません。
どういう意図であったにしろ、少なくとも「ヘルニア」に関しては、これ以上
手術をして後悔する人が出るのを防いでくれたのですから。

なんにせよ、国立大学以外の先生が、

今までの医学の常識を、視聴率の高いテレビ番組で大々的にほぼ完全否定した。
(これは国立大学の先生には、そもそもできないことかもしれませんが)

もうそれ以上の追及ということはできないんでしょう。


先日の放送に対する医療業界の反応を、ネットで調べて見ると、
スルーしている所が大半です。まあ反論の余地はほとんどありませんからね。
逆に手術に反対していた医師、あるいは代替医療の先生には意気軒昂の方もいる。

「そら見たことか、今さら何を言っている」

と批判した上で、

「我々が前から言っていた様に、筋肉と心を治療すれば治るんだ」(○○整形外科)
「脳の一部が問題なら、頭蓋骨調整で脳の血流をよくする私のやり方で絶対治る」(○○整体)

と都合のいい箇所をピックアップして我田引水。うーむ。
「自分は正しかった」と言いたい気持ちはわかるのですが、


もう「○○で治る!」と断言するのはやめにしませんか。

「絶対に治る」と期待して「治らない」ことで追い詰められる人がいるんです。


私には「○○で絶対治る」の○○に入るのが、「手術」から
別の「△△療法」に変わっているだけにしか思えないんです。

「確率的に他より治している」
「手術より危険はない」
というのは詭弁だと思いますよ。

ためしてガッテンに出演していた方も、
「近くにある湖に、何度飛び込もうと思ったことか…」
と仰ってました。

私は仕事の中でそういう方に幾度と無くお会いしてきて、
「治る確率を上げること」以上に、「治らない事で追い詰められる人を生まない」
ということが一番大事だと思うようになりました。

「絶対治る!」という宣言は、一つ間違えると苦しんでいる人を
さらに奈落へ突き落すこともあるのです。

そして、この番組で紹介された、
「ストレス改善によって、腰痛は自分で治せることもある」
という事をもっと積極的にとりあげるべきではないのでしょうか。

自分で治せれば治療に行く必要はありません。
それが患者さんにとってはベストです。

「やっぱり私は正しかった」「私のやり方で治せる」と主張をしておいて、
自分の仕事(商売)に都合の悪い事実はきちんと取り上げようとしない。

そんなことでは、今まで「ヘルニア」の真実を積極的に知らせようとしなかった人達と
やってることはある意味一緒だと思うのです。
いや、もっと「たちが悪い」と了見を疑われたって仕方がない。

「誰の為にやっているのか」、という視点がまず「患者さん」に向いていなければ、
通常医療でも代替医療でも信用されなくなるのは当たり前です。
自分の治療の正当性を主張する前に、やるべきことがあるのではないでしょうか。


「腰痛は自分で治すこともできる」
そういう、「起こり得ること」をまず知ってもらう。その上で、

「こういうサポートの仕方がある。しかしそのやり方が全てではない」

と、事実をきちんと伝えること。
これが、通常医療であろうが、代替医療であろうが、
人(患者)と向き合う上で、必要な前提だと思います。

2011年10月21日金曜日

代替医療は「診断」できません

先週で最終回を迎えてしまいましたが、
毎回楽しみにして見ていたNHKの「ドクターG」。

実際にあった症例をリアルな再現ビデオで出題し、若い研修医たちが
経験豊富で優れた総合診療の医師に導かれながら
カンファレンス(症例検討会)をして、正しい病名を探り当てるという番組。

診断において何が大切なのかを教えてくれる
総合診療医たちの言葉はとてもためになるものでした。

もっとも法律的に「診断」をしていいのは医師だけですけどね。

代替医療の場合、言葉をかえて「見立て」なんて言います。
もともと江戸時代までの医者は診断のことを「見立て」と言っておりまして、
まあ意味合いは同じなんですが、そこは間違えちゃあいけません。
これを知らないと下手をすれば、うしろに手が回りますな。

見立てる上で、一番に考えなくてはいけないのが
「自分が手出ししてはいけない領域」、です。
主症状が肩こり、腰痛といったものでも
脳や内臓の疾患から来ていることもあります。
正しい治療を受ける機会を奪う事のないように、
自分を過信せず、客観的に判断する必要があります。

そういうものの見方について改めて考えさせてくれる番組でした。
ちなみに最終回の病名は「ウェルニッケ脳症」でしたが、
実はかなり早い段階でわかりました。やった、初めて当たった!

この病気をなぜ知っていたかというと、
「江戸患い」と言われた病気について以前調べたことがあったからなんです。

それは戦前まで、日本人の国民病と恐れられた「脚気」です。
ウェルニッケ脳症はビタミンB1が不足する事で起きる病気なのですが、
脚気も同じ原因で起きます。ビタミンB1について色々と調べていて、
それで知っていたというわけで。

麦や豆類、また玄米にはビタミンB1は含まれているので、
田舎の人は脚気にはなりにくかったそうです。
精米したお米、いわゆる「銀シャリ(白米)」ばかり食べていた江戸っ子は、
ビタミンB1が不足しやすかったのだ、とされております。

しかし脚気はかつて原因の分からない病でした。
明治時代に近代医学が日本に入ってくる中で様々な議論が起こりました。
脚気をめぐる医学界の混乱を見なおしてみると、
封建的で徒弟制度的な「学閥」というものの問題が浮き彫りになります。
うーん、この問題は今も変わっていないかもしれない…

2011年10月13日木曜日

代替医療への期待

「先生の神通力で腰痛だけでなく肝臓までよくなりました!」
随分前のことですが、このように仰る方が来られたことがありました。

この方は来院する2,3年前から腰痛に苦しんでいました。
それが1ヶ月程度でかなりの改善がみられ、
それからさらに2ヶ月程経ってから肝臓を検査したところ、
今までかなり悪かった数値が正常になっていた、というのです。

「この整体は、肝臓を治せるぞ!」
あたしはそんなこたあ言いません。

現実として起きた事は

「整体を受けている期間に肝臓の数値がよくなった」ということ。

このことに整体の施術がどのように関係しているのかを考えないといけません。
私は患者さんにこのように話しました。

「腰痛が楽になって生活の質が改善されたことが一因かもしれませんね。」

その方の以前の状態は、
・腰痛で仕事がとてもつらいものになっていた。
・痛みのために好きなゴルフもできなくなっていた。
・そのために酒量が増えたり、悪酔いしていた。

これが腰痛が改善する事で、
・仕事がばりばりできるようになって楽しい。
・ゴルフも腰を気にせずできる。運動がストレスなく出来る。
・たのしいお酒になって、深酒もしなくなった。

腰痛のストレスから開放され、体が元気になった。
そしてなにより酒量が減った。
その結果として数値が良くなった可能性はあると思います。
またそれ以外の何かが影響しているかもしれません。
姿勢の改善や偏った体の緊張がよくなったことが
影響していないとは言い切れませんが、
それだけが直接的に肝臓へ作用する事は考えにくいことです。

このように申し上げると、少し残念そうなご様子でした。
この方が抱いた大きな期待とは違うことを私が言ったからです。

私は力添えをしたかもしれませんが、
自分で治したことに気がつかないで、すべて此方への期待に変換してしまう、
そんな関係性は適切とは思えません。既によくなっていることですし。

こうした患者さんの期待感に、施術家は流されそうになることがあります。

現実を客観的に見て、正しく判断する。
この視点を忘れないように気をつけませんとね。

2011年10月8日土曜日

代替医療と徒弟制度

前の記事で『代替医療のトリック(新潮社)』について書きました。
今回はどのような科学的根拠を提示されても代替医療が
「自分の治療は絶対正しい」
と思考停止してしまっている理由について考えます。

「師匠がカラスを白いと言ったら、お前も白いと言わなくっちゃあ駄目だよ」
これは私が落語家になる前に言われた言葉です。

落語家や植木職人といった世界では徒弟制度というものが残っています。
弟子入りして師匠の身の回りの世話をしながら色々教わっていく。
そこでは師匠の言う事は絶対的な力を持ちます。
どんなに理不尽でも師匠の言う事には「ハイ」と言わなくてなりません。
もし文句を言えば破門され、道が閉ざされてしまうからです。
そしてその力関係は生涯続きます。

師匠に逆らわず、言われた通りの事をそのままやっていくというのは、
技術の継承という点では優れている部分もあります。
しかし教えられたことが間違っていた場合は、間違いも受け継ぐ事になります。

そして代替医療の多くは「徒弟制度」的な部分が色濃く残っています。
かつては医学界もそうした面を強く持っていました。(今もありますが)
偉い先生は神格化され、絶対視されている事が少なくありません。

その先生が、「あらゆる病気はこの治療で治せる!」
と宣言した場合、誰も反論が出来ず、
それが検証もされないまま受け継がれてしまう事があります。

カイロプラクティックの創始者、D.D.パーマーは
「あらゆる病気の95%は、椎骨(背骨)のズレから生じる」
そう述べています。そしてそれはカイロプラクティックで治せると。
これは約100年前のことです。

そして程なく日本にカイロプラクティックが入って来ました。
ほねつぎの先生など日本の手技を用いる代替医療の施術家の中には
カイロプラクティックを取り入れる人もいました。

その結果、「病気は椎骨のズレから生じる」という説が伝わり、
「カイロプラクティックが治せるなら、うちのやり方でもいける」
という便乗派も含めて、徒弟制度の中でその説が受け継がれてしまった流派が、
今でも、「なんでも治せる」と宣言をしている場合があります。

もちろんそれ以外の流れで、自分の施術を過大評価している代替医療は
無数にありますが、基本的に
「創始者、偉い先生が治ると言っているから」
という考えが元になっています。

アメリカ由来であるカイロプラクティックは
現在は「何でも治せる」とは言っていません。
団体が大きくなる中で精査が進んだということもあるでしょうが、
こうした傾向は封建社会が長く続いた
日本ではより強く見られるものかもしれません。

私は昔、「なぜそんないいかげんなことを言うのか」と
大言壮語する代替医療に怒りを禁じ得ませんでした。
しかし自分のしていることに疑問を持ちにくい制度があり、
それがそこから脱する事が困難なシステムであると気付いてからは、
冷静に見る事ができるようになりました。

私に出来る事は、そういうシステムの存在をきちんと認識し、
自分のできることを把握し、正しい判断をする。
そういった視点を持ってください、と言い続けることだけです。

しかし問題は他にもあります。施術家の目を曇らせる
「代替医療に過度の期待をする人々」の存在です。

それはまた次回のお話。

2011年10月5日水曜日

「代替医療のトリック」を読んで














『代替医療のトリック』 サイモン・シン  新潮社

代替医療とはどういった医療なのか。
読んで字のごとく通常の医療の代りに用いられる医療、
簡単にいえば西洋医学に基づかない全ての療法のことです。
「民間療法」と表現されることもあります。
鍼灸、ホメオパシー、ハーブ療法、カイロプラティックなど
数えきれないほど、たくさんの代替医療があります。
私がやっている「整体」も代替医療です。
この本は代替医療が「本当に効くのか」を科学的根拠に基づいて検証しています。

特筆すべきは、理論的に証明できなくても、
本当に効果があるなら有効な治療法であると認める、
真実を追究するという立場で検証しているところです。
そこが単なる代替医療批判本ではないところです。

この本はまず病気というものを考える上で、科学的、客観的な見地が
いかに重要であるのかを述べています。
かつて医学は迷信を含んだ極めて曖昧なものでした。
この200年で科学的な物の見方をすることで、
正確で間違いを起こしにくいものに進歩しました。
ところが代替医療の世界は、昔の医学がそうだったように
迷信や明らかな矛盾がそのままになっています。

そして様々な科学的検証から得られた代替医療の真実の効果は…

結論から言えば、この本に書かれている検証の結果は、
多くの代替医療にとって望ましいものではありません。

それでも全ての代替医療の施術家はこの本を読んで、
胸に手を当ててみたほうがよいと思います。

「科学で全てが証明できるわけではない」
「目に見える世界しか信じないのは心が狭い」
このような反論しかできないようであれば、
その人は、
「目に見える世界を見ようとしない、正しいものの見方ができない人間」
という評価をうけることでしょう。
反論する前に、ほとんどの代替医療は科学的な検証に耐えられない、
この現実を受け入れなくてはなりません。

代替医療が謳っている様々な効果。
それらは私の知る限り、

「創始者や立派な先生が言っていたから間違いない」
「思想や考え方が素晴らしい治療だから間違いない」
「(代替医療の)教科書にそうだと書かれているから間違いない」
「ある医者が認めているから間違いない」
「自分で効果を実感しているから間違いない」
「自然に由来するものだから間違いない」

せいぜいこの程度の個人的な感想に支えられているものでしかありません。

なぜ代替医療が根拠に乏しい自説にこだわり
現実を正しく見て、客観的に判断することができないのか。
それはまた次回のお話。

2011年8月23日火曜日

コラーゲンよりカラアゲ、ん?

このところ落語の話ばかりでしたので、健康のお話をひとつ。

最近テレビ(特にBS)を見ていますと健康食品のCMが頻繁に流れております。
ま、これがちょいと気になるというか、なんか引っかかるCMでして。
芸能人が少しわざとらしい感じで、「いいですよ!これ」 なんてやってる。

「あくまで個人の感想です、効果を保証するものではありません」
CMの下に出る小さなテロップは何を物語っているのでしょうか。

「肌の若さを保つ!」なんて宣伝している健康食品に
よく含まれているものとしてコラーゲンがあります。
コラーゲンとは皮膚や靱帯、軟骨といった組織の弾力性や強度を保つタンパク質です。
そしてタンパク質はアミノ酸が集まってできています。

で、はっきりしているのはコラーゲンをいくら口から取り込んでも
そのまま皮膚などの体の組織に行き渡らないということです。

タンパク質は一旦アミノ酸に分解されてから吸収され、
体内で新たに様々なタンパク質を生成します。
コラーゲンをいくら取り込んでも分解されたアミノ酸が
必ず体内のコラーゲン生成に使われるわけではありません。
タンパク質を含む他の食べ物でも理論上は差がないのです。

わたしは大学で生命科学をやっていましたが、小学生の時に読んだ
「ニャロメのおもしろ生命科学教室」にも書いてありましたよ。
「トンカツばっかり食べても体がトンカツのトンカツ人間にならないのはなぜなのだ」
なんてバカボンのパパが言ってましたなあ。

でもタンパク質や良質なアミノ酸が多く含まれているならば有効かもしれません。
で、「すっぽん〇〇」というコラーゲン含有を謳っている健康食品を調べてみると…

一ヶ月分62錠でタンパク質は8.6gでした。
これは鶏肉100gに含まれる量の約半分です。
コラーゲンを構成するアミノ酸含有量も調べましたが、鶏肉100gと大差ありません。
しかも1ヶ月ぶんで……

こういう事実を踏まえた上で、
「コラーゲンは経口摂取したほうが肌にいいという説もある」
「より良質のアミノ酸を抽出している」
と考えて選択するのならばまだよいかもしれません。

まあ私なら鳥のからあげにレモン汁(ビタミンCはコラーゲンの生成に必要)
でもかけて食べておきますけどね。