2011年10月3日月曜日

十年一昔

今月の一日で、古今亭志ん朝師匠が亡くなられて
ちょうど10年になります。

近年の落語ブームのせいか、若くても落語が好きという方が結構いらっしゃる
のですが、志ん朝師は知らないという人もチラホラ。
時の経つのは早いものとはいえ、寂しいですねえ。
DVDやCDで若い人にも聞いてもらいたいものです。

私が矢来町のお宅の門を叩いて
弟子入りを許されたのが16年前の事でした。
その頃は本当にお元気でしたが、疲れたときなどは
よく体を揉ませて頂きました。
「揉むのがうまい」なんて珍しくほめられたりしまして。
だから落語家やめて整体師になったわけじゃありませんけど。

亡くなる一年ほど前に、岐阜に来られる事があり
楽屋に挨拶に行きまして。
少し痩せておられましたが、いつもの志ん朝師匠。
ただ周りにいる方の様子と、高座を拝見して
体が本調子ではないことが感じられました。
そして…

私はやめたから言えるんですが、
芸ある者のみが持つ孤独と苦悩、
それを高座では微塵も感じさせない方でした。

本寸法の「落語」をきちんとやってのけることがどれほどのことなのか。
「笑わせ屋」じゃあない「芸」の凄み。
私が傍にいて垣間見たのはそういうものでした。

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